たびパパの育児日記U 201103月

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 2011年3月5日 新潟のじいじが来ました
<姉弟げんか>

健太郎の自我が芽生えたのか、最近は姉弟げんかが絶えません。お互い空手とサッカーをやっていますので力は加減してね。でもなつみの方がやっぱり強いみたいです。

<弓矢づくり>

新潟のじいじが遊びにきました。最近木工にはまっている健太郎はここぞとばかりに弓矢作りをおねだり。

<またねー>

あっという間ですが一泊して帰宅の途につくじいちゃん。
無事に帰ったという連絡も受けて一安心。ちなみに来る時は大雪にあって大変だったそうです。

<・・・高熱発生>

サッカーの試合の予定があった健太郎。しかし不運にも謎の高熱が発生し、試合は休むことになりました。パパは帯同コーチとして行ってきましたが、出させてあげたかったですね。

 2011年3月11日 東北地方太平洋沖地震
<東京での出来事>

3月11日の14時45分過ぎ、私は東京都内にいました。仕事は会社の事務所ではなくお客様の研修の会場でした。
非常に大きな揺れを感じ、研修も一時中断。情報を収集するとその被害の大きさが尋常ではないことが徐々にわかってきました。
まずは家族の安否を確認したいところですが、地震直後は通話が集中する携帯電話はまったく通じません。
(こういう場合は固定電話の方が良いようです)

時間はかかりましたがメールが通じ、家族の無事を確認することが出来てまずは一安心。
次に気になるのは帰宅方法ですが、早々にJRは当日内の運行は行わないと決定しました。
ショックではありますが、変に気をもたせられるよりは計画が立てやすいというものです。
この夜はお客様と会食を行い、慌てないで行動しようと決めました。

一晩お客様の本社ビルの避難部屋に泊めていただきました。ここにはテレビの中継も行われていたので大体の状況もわかり
避難食、暖房、トイレも揃っていましたので私は非常に恵まれていたと思います。

朝になると私鉄の電車は動き出しましたが、当然時間は不安定です。
また帰れなかった人は私だけではありませんので、非常に多くの人がこの電車に乗っています。
駅のホームには人が溢れており、ちょっとしたパニック状態でした。
途中で地震を感知して急ブレーキがかかったり、速度も落として走行したりと時間はかかりましたが無事に家に着くことができました。
普段何気なくみていた風景がなんと嬉しかったことか・・・。
 
ちなみに7時間かけて歩いて帰った人もいましたが、聞いてみると道中は人も多くて全然寂しくなかったそうです。
ただしこれは直接被害を受けたわけではなく、道路やコンビニは通常通りだったという良い条件での話です。
実際に被災した場合は色々なものが散乱することも考えられます。
しかしいずれにせよ、生き残って家まで帰るためにどうしたら良いか?シミュレーションを行うことができたと思います。

今回の反省では途中で携帯電話の電池が切れてしまった事です。満充電にしていなかったことも大きなミスです。
当然ですがコンビニでも充電池はどこでも売り切れでしたが、乾電池は残っていました
カバンの中には電池で充電できるタイプの緊急用充電池を用意しておくべきですね。

とても救われたのが公衆電話でした。緊急用として無料で使えたようですが、携帯電話での通話手段を失った自分にとって
家族と連絡が取れ、情報収集を行うことができたのは非常に助かりました。
これを気に公衆電話は駅の周辺には必ず設置して欲しいと思いました。

また週末はホームセンター、スーパーに買い物にいっても防災グッズや避難食を買うお客さんが多く、ほぼ欠品状態でした。
防災意識が薄まっていたため、今回はよい教訓になったと思います。
まだまだ予断を許さぬ状況ですが・・・

最後に震災にあわれた方にお見舞い、お悔やみを申し上げます。
また救難活動を行っている全ての方に尊敬の念を感じます。
 

 2011年3月13日 ホワイトデー前夜
<クッキー>

日本中、震災の傷で大変な事になっていますが、明るくいきましょう。ホワイトデーの前日ということでクッキーを焼きました(ママが)。健太郎もお手伝いしたようです。

<おかえし>

パパと健からはドーナッツをお返ししました。
今年のホワイトデーの売場は例年になくセンスがよく、思わず2週間前から用意してしまいました。

<ドーナッツ>

今回買ったのはこちらのドーナッツ。レモン、オレンジ、イチゴ、さくらというラインナップ。

味はグッドでした。

<計画停電>

震災により、関東では計画停電が行われると発表されました。家にあるキャンドルを用意して明るさの確認を行いました。
一刻も早い復旧を願わずにはいられません。

 

 

 

 

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